研究論文を英語で執筆する際、「文法は正しいはずなのに、なぜか査読者から文体や表現について指摘を受ける…」と感じたことはありませんか? 実は、文法が正しいことと、学術論文として適切な文体・表現を使えていることは、全く別の問題なのです。このセクションでは、日本人研究者が無意識に使ってしまいがちな「アカデミックタブー表現」がなぜ査読者にマイナス評価されるのか、その根本的な理由を探ります。
なぜ「正しい英語」でも査読者にマイナス評価されるのか?
まず、非常に重要な前提を理解しましょう。査読者は、提出された論文を「単なる英語の文章」としてではなく、「研究の信頼性と著者の専門性を測る材料」として読んでいます。そのため、表現や語彙の選択一つから、研究への真摯さや学術コミュニティにおける経験値までを推測してしまうのです。文法エラーよりも、不適切な文体の方が「この著者は研究の作法をわかっていない」という印象を与え、結果として査読結果に悪影響を及ぼすケースが少なくありません。
日本語の論理構造が英語ライティングに及ぼす影響
多くの日本人研究者が直面する根本的な問題は、日本語と英語の「論理の進め方」と「明確さへの要求水準」の違いにあります。
- 結論の提示順序: 日本語では背景説明から入り、最後に結論を述べる「起承転結」型が一般的ですが、英語の学術論文では段落の冒頭で主題文(Topic Sentence)を示し、その後で説明を加える「結論先行型」が求められます。
- あいまいさの許容度: 日本語は文脈や読者の推察に委ねる表現が多く、直接的断定を避ける傾向があります(例: 〜と思われる、〜と考えられる)。一方、英語の学術文体では、主張は明確かつ直接的であることが求められ、過度なあいまいさは「著者の自信のなさ」や「分析の不確かさ」と解釈されかねません。
- 主語の重要性: 英語では「誰が/何が」行動や状態の主体かを明確にすることが不可欠です。日本語のように主語を省略したり、受動態ですませたりすると、責任の所在や因果関係がぼやけてしまいます。
査読者が「プロフェッショナルではない」と感じる瞬間
査読者は、特定の表現を見た瞬間、「この論文は練られていない」「著者は経験が浅いかもしれない」と無意識に判断してしまいます。その典型的なパターンは以下のとおりです。
- 口語的・くだけた表現の使用: 論文の中で会話で使うようなフレーズ(”get”, “a lot of”など)を使うと、真剣さに欠ける印象を与えます。
- 絶対的・誇張した表現: 「〜は常に」「〜は決して〜ない」などの過度な一般化は、科学的な慎重さを欠いていると見なされます。
- 非効率で冗長な表現: 同じことを長々と説明したり、不必要な単語を連ねたりすると、論理構成が不明確で、読者に負担をかける文章だと判断されます。
- 主観的で感情的な言葉の使用: 「驚くべきことに」「残念ながら」などの個人的感情を示す表現は、客観性を重んじる学術論文ではふさわしくありません。
査読は、研究内容の「正しさ」だけではなく、その「伝え方」も厳しく評価されるプロセスです。文法チェックツールで誤りがなくても、学術コミュニティで共有される「暗黙の文体ルール」から外れた表現を使うことで、思わぬ減点対象となることを肝に銘じておきましょう。次のセクションからは、具体的な「タブー表現」とその「洗練された代替表現」を詳しく見ていきます。
タブー表現カテゴリー1: 過度な断定性と主観性を露呈する表現
査読者は、論文を「科学的な議論の場への提案」として読んでいます。そのため、議論の余地のない絶対的な断言や、著者の個人的な感想は、研究の客観性と謙虚さを損なうものとして厳しく見られがちです。このカテゴリーでは、データを超えた主張や主観的な評価を無意識に織り込んでしまう、最も陥りやすいタブー表現を見ていきましょう。
「絶対に」「明らかに」の落とし穴
研究の世界では、「100%確実なこと」はほとんど存在しないと言っても過言ではありません。新たな証拠が発見されれば、今日の「事実」は明日には覆される可能性があります。そのため、「prove(証明する)」「clearly」「obviously」「undoubtedly(疑いなく)」といった表現は、科学的な謙虚さ(scientific humility)に欠けると見なされ、査読者に「この著者は自分の結果を過大評価している」という印象を与えてしまいます。
研究論文では、「示唆する(suggest, indicate)」や「支持する(support)」といった控えめな表現が、データの限界を認めた上で主張を行う「洗練された文体」の証となります。
「〜すべきだ」という主張の危うさ
論文の目的は、データを提示し、その意味を論理的に考察することです。最終的な判断や行動指針を読者に「押し付ける」ことではありません。「should」や「must」を使った規範的な記述(例:「政府はこの政策を実施すべきだ」)は、データに基づいた客観的な主張ではなく、著者の個人的な意見や価値観が前面に出ていると受け取られます。特に、自らの研究データの範囲を超えた広範な提言には注意が必要です。
主観的な形容詞・副詞の使いすぎ
「interesting(興味深い)」「surprising(驚くべき)」「remarkable(注目すべき)」といった形容詞は、一見ポジティブで論文を彩るように思えます。しかし、これらはすべて著者自身の主観的な「評価」です。査読者は「なぜ著者はそれを『興味深い』と思ったのか?」「その『驚き』の根拠はデータのどこにあるのか?」と疑問を持ちます。主観的な評価を述べるのではなく、評価の根拠となる客観的な事実やデータを直接提示することが、説得力のある論文執筆の鉄則です。
「very(非常に)」「extremely(極めて)」などの強調の副詞も、しばしば主観的で内容を「薄める」だけの無力な表現と見なされます。代わりに、具体的な数値や比較を用いて強さを表現しましょう。
タブー表現 vs 推奨表現 比較リスト
以下に、このカテゴリーでよく見られるタブー表現と、より洗練された代替表現の例をまとめました。書き換えの際の参考にしてください。
| タブー表現 (避けるべき) | 推奨表現 (使用すべき) | 解説・使用例 |
|---|---|---|
| This proves that… (これは…を証明する) | This suggests/indicates that… (これは…を示唆する) These results support the hypothesis that… (これらの結果は…という仮説を支持する) | 「証明」は非常に強い主張。通常の研究データが「証明」できることは稀です。 |
| Obviously, … Clearly, … (明らかに、…) | The data show/reveal that… (データは…を示している) As can be seen in Figure 1, … (図1に見られるように、…) | 「明らか」と断言せず、データが「何を示しているか」を客観的に述べます。 |
| We must/should implement this policy. (我々はこの政策を実施すべきだ/しなければならない) | These findings imply that implementing such a policy could be beneficial. (これらの知見は、そのような政策の実施が有益である可能性を示唆している) | 「すべき」という規範ではなく、研究結果が「どのような可能性を示唆するか」に焦点を当てます。 |
| This is a very interesting result. (これは非常に興味深い結果だ) | This result differs significantly from previous findings. (この結果は先行研究の知見と大きく異なる) This result has important implications for … (この結果は…にとって重要な示唆を持つ) | 「興味深い」という主観的評価を避け、結果の客観的特徴(先行研究との差異、含意)を説明します。 |
| Surprisingly, we found that… (驚くべきことに、我々は…を発見した) | Contrary to our initial expectation, we found that… (我々の当初の予想に反して、…であることが分かった) | 「驚き」の感情ではなく、予想と結果が「どのように異なったか」を具体的に述べます。 |
まとめ: 過度な断定性と主観性の排除は、あなたの研究を「主張」から「客観的な議論の材料」へと格上げするための第一歩です。データが語らせ、控えめで確かな表現を心がけましょう。
タブー表現カテゴリー2: 弱く曖昧な動詞・名詞表現
研究論文は、観察された現象や得られたデータを、明確で力強い言葉で正確に記述する場です。しかし、日常会話や一般的な文章で無意識に多用してしまう動詞・名詞が、論文の客観性と専門性を著しく損なうことがあります。このカテゴリーでは、文章の骨格を弱めてしまう「貧弱な動詞・名詞表現」を洗練された語彙に置き換える方法を学びます。
「make」「do」「have」の多用が文章を貧弱にする
「make an analysis」「do an experiment」「have an effect」——これらはすべて、「弱い動詞+名詞」の構造です。この構造は、より直接的で力強い一語の動詞(「強い動詞」)で置き換えることができます。置き換えることで、文章は簡潔になり、著者の意図がより明確に伝わります。
- 「make an analysis」 → 「analyze」
「We made an analysis of the data.」 は「We analyzed the data.」と書く。 - 「do an experiment」 → 「experiment (動詞)」または「conduct / perform an experiment」
「They did an experiment to test the hypothesis.」は「They conducted an experiment to test the hypothesis.」とする。動詞として「experiment」を使う場合は「They experimented with…」も可能。 - 「have an effect」 → 「affect」または「influence」
「This factor has a significant effect on the outcome.」は「This factor significantly affects the outcome.」と表現する。 - 「make a decision」 → 「decide」
- 「do a comparison」 → 「compare」
- 「have a discussion」 → 「discuss」
「make/do/have + 名詞」の形を見つけたら、「その名詞の動詞形はないか?」と考える習慣をつけましょう。多くの場合、名詞を動詞化することで、より簡潔で力強い文になります。これがアカデミックライティングにおける「動詞の強化」の第一歩です。
「thing」「stuff」など具体性に欠ける名詞
「thing」や「stuff」は、あらゆるものを指し示せる便利な名詞ですが、論文では「何でも屋」は禁物です。これらの言葉は、読者に推測を強いる曖昧さを生み、研究の焦点をぼかしてしまいます。論文では、その文脈で指している「概念」「現象」「要素」「要因」などを正確に示す語彙を選択すべきです。
- 「thing」の代替表現
文脈に応じて「factor(要因)」「element(要素)」「aspect(側面)」「phenomenon(現象)」「variable(変数)」「component(構成要素)」「issue(問題点)」「characteristic(特性)」など。 - NG例と改善例
「We considered several things that could affect the results.」
→ 「We considered several factors that could affect the results.」 - 「stuff」の代替表現
「stuff」はより口語的です。「material(材料)」「data(データ)」「information(情報)」「content(内容)」「matter(物質)」など、具体的な内容によって置き換えます。
「The stuff in the container was analyzed.」
→ 「The material in the container was analyzed.」
「get」の使用はほぼ全て置き換え可能
「get」は英語で最も多義的で便利な動詞の一つですが、その便利さが仇となります。論文では、「得る」「受ける」「なる」など、「get」が指す具体的な動作をより正確に描写する動詞に置き換えることで、文章の質が格段に向上します。
- 「得る」「入手する」の意味の場合
「get」 → obtain, acquire, receive, collect, gather
「We got the data from the survey.」
→ 「We obtained / collected the data from the survey.」 - 「理解する」の意味の場合
「get」 → understand, comprehend
「It is difficult to get the underlying mechanism.」
→ 「It is difficult to understand the underlying mechanism.」 - 「~になる」の意味の場合
「get」 → become, grow, turn
「The solution got cloudy.」
→ 「The solution became cloudy.」 - その他の置き換え例
「get better」→ improve, enhance
「get worse」→ deteriorate, worsen
「get rid of」→ eliminate, remove, discard
「get」は口語表現の色が強く、学術的な厳密さに欠けます。また、多義的すぎるため、読者によって解釈が分かれるリスクがあります。査読者は、著者が「get」のような楽な表現を選ぶのではなく、文脈に最もふさわしい専門的な語彙を選択しているかどうかを、文章から読み取っています。
このカテゴリーの改善は、単なる語彙の置き換えではありません。曖昧で弱い表現を、明確で力強い表現へと昇華させるプロセスです。これにより、研究の内容そのものがより鮮明に、説得力を持って読者に伝わるようになります。
タブー表現カテゴリー3: 口語的・会話的な表現と省略形
研究論文は、著者と読者(査読者)との一方的で客観的な情報伝達の場です。対面での会話や授業のように、読者に直接語りかける「擬似対話調」や、日常会話で使う省略形は、学術文書としての厳粛さと客観性を損ない、稚拙な印象を与えてしまいます。このカテゴリーでは、つい使ってしまいがちな「話し言葉」の罠と、その洗練された書き換え方を学びます。
「let’s」「we can see that」などの擬似対話調
論文の本文中で読者に直接呼びかける表現は、学術的な客観性を大きく損ないます。例えば、「Let’s consider…」や「As we can see…」といった表現は、あたかも著者が読者と一緒に考えているような親密さを醸し出しますが、これは査読者にとっては不必要で、時には押し付けがましくさえ感じられることがあります。研究論文では、著者の視点を超えた普遍的な記述を心がけましょう。
「we」が「著者と読者を含む一般の人々」を指す場合は問題ありませんが(例: “We need to address this issue…”)、「読者を巻き込む」ような直接的な呼びかけとして使うのは避けましょう。
「etc.」「and so on」で済ませるリスト
「etc.」や「and so on」は、「他にもあるけど省略するね」という印象を与え、論理の正確さと完全性を疑わせる表現です。査読者は「他に具体的に何があるのか?」「なぜ完全に列挙しないのか?」と疑問を持ち、論証の弱さや著者の怠慢と見なす可能性があります。可能な限り、リストは完全に列挙するか、代表例を示す明確な表現で置き換えるべきです。
「etc.」はラテン語「et cetera」の略語です。どうしても不完全な列挙であることを示す必要がある場合は、「including, but not limited to…」や「…among other things」といったより洗練された表現を検討しましょう。
「don’t」「can’t」などの縮約形
「don’t」「can’t」「won’t」「isn’t」などの縮約形は、フォーマルな学術ライティングでは原則として使用しません。完全形(「do not」「cannot」「will not」「is not」)を使用することで、文章に重厚感と正式さが加わります。これは単なる慣習ではなく、研究内容に対する真摯な姿勢を示すための重要なマナーです。
このカテゴリーのタブーを避けるための最も簡単な方法は、論文を書いている最中に、自分が「話している」と感じないか自問することです。「Let’s…」と言いかけていませんか?「だから〜」と続けていませんか?そのような瞬間こそ、客観的で普遍的な表現に言い換えるチャンスです。最終的な推敲段階では、特に「’」(アポストロフィ)を含む単語や読者への呼びかけ表現を重点的にチェックし、全て洗練された「書き言葉」に置き換えましょう。
タブー表現カテゴリー4: 冗長で回りくどい表現
学術論文は、限られた字数の中で最大限の情報と論理的説得力を伝える場です。そのため、文章は明確で簡潔であることが強く求められます。しかし、論文執筆に慣れないうちは、丁寧さや堅実さを装おうとして、余分な単語や回りくどい構文を無意識に使ってしまうことがあります。このタイプの表現は、文章を冗長にするだけでなく、著者の思考の曖昧さや自信のなさをも暗示してしまい、査読者の評価を下げる要因となります。
「It is well known that…」などの決まり文句
周知の事実をわざわざ前置きする「It is well known that…」「It should be noted that…」といった表現は、情報を伝える上でほとんど価値がありません。むしろ、読者の時間を奪う「前置き疲れ」を引き起こします。重要な主張や新規性のある発見は、ダイレクトに、自信を持って述べることが、プロフェッショナルな印象につながります。
前置きを削除し、主題となる事実や主張から直接文章を始めます。これにより、文章は瞬時に核心に迫り、説得力が増します。
| 冗長な表現 (避けるべき) | 洗練された表現 (推奨) |
|---|---|
| It is well known that protein synthesis requires ribosomes. | Protein synthesis requires ribosomes. |
| It should be noted that the sample size was relatively small. | The sample size was relatively small. |
| It is important to emphasize that these results are preliminary. | These results are preliminary. |
「in order to」の不必要さ
「〜するために」という目的を表す際、「in order to」を使うことは文法的に間違いではありません。しかし、学術論文という簡潔さが命の文脈では、ほとんどの場合「to」だけで十分です。「in order to」は、単に文章を長くするだけの「ノイズ」となってしまいます。
- 冗長: The experiment was designed in order to test the hypothesis.
- 簡潔: The experiment was designed to test the hypothesis.
受動態の過剰使用と「by us」の冗長性
受動態(〜された)は、行為者(誰がしたか)よりも行為そのものや対象に焦点を当てたい場合、あるいは行為者が不明・重要でない場合に有効です。しかし、全てを受動態で書こうとすると、文章が不自然に遠回しで力強さを失います。特に、自らの研究で「我々が行った」という行為を、わざわざ「by the authors」や「by us」を付けた受動態で表現するのは、極めて冗長です。
行為者(主語)が明確で、その行為を強調したい場合は、能動態(〜した)を使います。これが最も自然で力強い表現です。
- 冗長 (受動態 + by us): The data were analyzed by us using software.
- 簡潔 (能動態): We analyzed the data using software.
行為者が重要でない場合、または文の焦点を行為の対象に合わせたい場合は、受動態が適しています。この時、「by…」は原則省略します。
- 適切な例: The samples were heated to 80°C. (誰が加熱したかは方法論で既述または重要でない)
- 不適切な例: The samples were heated by us to 80°C. (「by us」は完全に冗長)
「by the authors」「by this study」「by the researcher」などの表現は、能動態で書けるならばほぼ不要です。査読者は「論文の著者が行ったこと」を当然のこととして読み進めています。これらの表現を多用すると、文章が稚拙で冗長に見えてしまいます。
実践チェックリスト: 論文を仕上げる前に行う「表現レベル」最終確認
これまで、避けるべき表現とその代替案を学んできました。しかし、知識として知っているだけでは不十分です。執筆中はどうしても無意識に使いがちな表現が、最終原稿に残ってしまう可能性があります。このセクションでは、査読前に行うべき具体的な最終確認手順を、効率的なチェックリスト形式でご紹介します。この作業を習慣化することで、あなたの論文のアカデミックな完成度は飛躍的に向上するでしょう。
最終確認の目的は、単なる誤字脱字の修正ではなく、「査読者や読者に与える印象を洗練させる」ことにあります。客観的な視点で論文を見直し、稚拙さや曖昧さを徹底的に排除しましょう。
検索・置換で一括チェックすべきキーワード
まずは、本記事で紹介したタブー表現が原稿に残っていないかを、機械的にチェックします。一般的なワープロソフトの「検索」機能を活用しましょう。
- 検索キーワード例:
「very」「really」「so」「a lot of」「quite」「kind of」「sort of」「I think」「I believe」「we can see that」「let’s」「it’s」「don’t」「won’t」「isn’t」「It is well known that」「In order to」「Due to the fact that」「As a result of」「In the process of」 - 検索方法:
各キーワードを原稿全体で検索し、該当箇所をハイライト表示します。見つかった表現が本当に適切か、より良い代替表現がないかを一つひとつ検討します。 - 置換の注意点:
「検索と置換」機能で一括置換するのはおすすめしません。文脈によってはその表現が適切な場合もあるため、必ず個別に判断しましょう。この作業は、自分の執筆の「癖」を発見する機会でもあります。
各セクション(Abstract, Discussion)で特に注意すべき点
査読者が最初に読む重要な部分です。断定的すぎる表現や、逆に弱すぎる表現がないかを重点的にチェックします。
- チェック項目:「prove」(証明する)という強い言葉の使用は客観的に正当か? 「This study suggests…」や「The results indicate…」など、控えめながらも確信を込めた表現になっているか? 不要な副詞(very, extremely)はないか?
自分の解釈を論理的に展開するセクションです。主観的な意見が客観的なデータの解釈として適切に表現されているかを確認します。
- チェック項目:「I think」「In my opinion」のような主観的マーカーが入っていないか? 結果から導き出される「解釈」と、根拠のない「推測」を区別して書けているか? 先行研究との比較で、過剰な批判や自画自賛になっていないか?
チェック後に第三者に確認してもらうべきポイント
自分一人でのチェックには限界があります。可能であれば、指導教員や同僚、英語が得意な知人などに、以下の視点で原稿を見てもらいましょう。
- この表現は専門的で正確か?
-
分野特有の用語が正しく使われているか、一般語で曖昧になっている部分はないかを確認してもらいます。特に、あなたが当たり前だと思っている表現が、分野外の人には理解しづらい場合があります。
- この文はもっと簡潔に書けないか?
-
第三者には、冗長な表現や回りくどい構文がより明確に見えます。「The reason why is because…」のような重複表現や、受動態が過剰で主語が不明瞭な文がないかを指摘してもらいましょう。
- 論理の流れは明確か?
-
接続詞(however, therefore, furthermoreなど)が適切に使われ、段落間の論理的なつながりがスムーズかを確認します。文と文のつながりが唐突ではないか、結論に至る道筋が読者に追えるかを客観的に評価してもらいます。
これらのチェック項目をすべてクリアすることで、あなたの論文は「内容の質」だけでなく、「表現の質」でも高い評価を得る準備が整います。最終確認の時間を必ずスケジュールに組み込み、洗練されたアカデミックライティングを目指しましょう。
洗練された表現への置き換え練習: よくある「稚拙な一文」をプロフェッショナルに変える
これまで、学術論文で避けるべきタブー表現と、その代替案を学んできました。知識を定着させるには、実際に文を書き換える練習が最も効果的です。ここでは、初歩的な英語で書かれがちな文を例に、どのように改善すればより洗練されたアカデミックな表現になるのか、具体的な変換プロセスを解説します。
悪い例から良い例への具体的な変換プロセス
単に「この言い回しはダメ」と覚えるだけでなく、なぜダメで、どのように改善するのかを理解することが重要です。以下の表では、一つの「稚拙な文」に対して、複数の改善例を示し、それぞれの改善点を解説します。
| Before (原文) | After (改善例と解説) |
|---|---|
| 例文A: “I think that this method is very effective.” | 改善例1: “This method appears to be highly effective.” 解説: 主観的な「I think」を削除し、客観的な事実として提示。副詞「very」をより学術的な「highly」に置き換え、断定を避けた控えめな表現「appears to be」を使用。 |
| 改善例2: “The findings suggest that this method is effective.” 解説: 自分の意見ではなく、研究結果が示唆しているという形式に変更。これにより、主張の根拠が明確になり、説得力が増す。 | |
| 改善例3: “This method demonstrates significant effectiveness.” 解説: 主語を「I」から「This method」に変え、能動態で直接的な表現に。「demonstrates」という動詞を使うことで、方法が自ら効果を示しているというニュアンスを出す。 | |
| 例文B: “We can see from the table that the results are good.” | 改善例1: “As shown in Table 1, the results are favorable.” 解説: 口語的な「We can see」を、論文で標準的な引用表現「As shown in…」に変更。評価が主観的になりがちな「good」を、より中立的で評価に使われる「favorable」に置き換え。 |
| 改善例2: “Table 1 indicates positive outcomes.” 解説: 文の主語を「Table」にすることで、データ自体が語っている印象を与える。冗長な「We can see from… that」を簡潔にし、「results」をより具体的な「outcomes」に。 | |
| 例文C: “A lot of research has been done on this topic.” | 改善例1: “Substantial research has been conducted on this topic.” 解説: 漠然とした「A lot of」を、量的な大きさを表す「Substantial」に置き換え。「has been done」という漠然とした受け身を、研究に特化した「has been conducted」に変更。 |
| 改善例2: “This topic has been extensively studied.” 解説: 焦点を「research」から「topic」に移し、「extensively studied」という表現で、研究の広がりや深さをより明確に表現。 |
改善の方向性は大きく3つあります。1. 主観性の排除(I/We think → The data suggest)、2. 単語の精密化(good → favorable, significant)、3. 文構造の能動化・簡潔化(It is… that → 直接的な主語+動詞)です。これらを意識して書き直すだけで、文章の「アカデミック度」は格段に向上します。
ニュアンスの違いを理解する
同じ「良い」表現でも、文脈によって最適な選択肢は異なります。単なる言い換えではなく、それぞれの表現が持つ微妙なニュアンスの違いを理解することが、洗練された表現を使いこなす鍵です。
主張の強さを調節する表現
- 強い主張: “This proves that…” / “These results establish that…”
→ 絶対的な証拠を示す時に使用。多用すると傲慢に聞こえる可能性があるため注意。 - 控えめな主張(推奨): “This suggests that…” / “These findings indicate that…” / “It can be inferred that…”
→ データから導かれる可能性を示唆する表現。学術論文で最も一般的かつ安全。 - 可能性の提示: “This may imply that…” / “One possible interpretation is that…”
→ 仮説や今後の検討課題につなげる際に有効。断定を避け、議論の余地を残す。
評価を表現する単語の選択
| 避けたい主観的表現 | 文脈に応じた代替表現 | 使用する場面 |
|---|---|---|
| interesting | noteworthy, significant, revealing | 重要な発見や注目すべき点を述べる時 |
| good / bad | effective / ineffective, favorable / unfavorable, superior / inferior | 方法や結果の効率性・優劣を論じる時 |
| big / small | substantial / marginal, considerable / negligible, pronounced / slight | 効果の大きさや差異の程度を説明する時 |
- すべての「I」や「We」を論文から排除すべきですか?
-
一概に「排除すべき」とは言えません。分野や文脈によります。方法論のセクションで「We conducted an experiment…」と書くことは一般的です。問題は、意見や解釈を述べる場面で主語として使うことです。結論や考察では、主語を「The results」「The data」「This study」などに置き換え、客観性を保つことが重要です。
- 「very」や「really」を一切使ってはいけないのでしょうか?
-
絶対に使ってはいけないわけではありませんが、使用頻度を極力減らし、より適切な言葉に置き換えることを強くお勧めします。「very effective」よりも「highly effective」や「remarkably effective」の方が学術的です。程度を強調したい場合は、「extremely」「exceedingly」「particularly」などを、文脈に応じて使い分けると良いでしょう。
このセクションで学んだ「変換プロセス」と「ニュアンスの理解」は、あなたが論文を執筆する際の実践的な指針となります。次は、これらの知識を活用し、完成した原稿の表現を最終チェックする方法について見ていきましょう。
まとめ: アカデミックタブー表現を避け、査読者に好印象を与える論文を書くために
学術論文における表現の選択は、単なる「言葉遣い」の問題を超え、あなたの研究に対する姿勢と専門性そのものを反映します。本記事で解説してきた「タブー表現」は、多くの場合、著者が無意識に、あるいは日本語の思考習慣から転じて使ってしまうものです。しかし、これらの表現は査読者にとって、研究の厳密さや客観性に疑問を抱かせる「危険信号」となり得ます。
最終的に目指すべきは、「見えない表現」です。
洗練されたアカデミックライティングとは、読者(査読者)が、表現の稚拙さや不適切さに気を取られることなく、研究内容そのものに集中できる文章です。そのためには、過度な断定性、弱い語彙、口語表現、冗長な構文といった「ノイズ」を徹底的に排除することが不可欠です。
- 推敲は「表現レベル」で行う: 文法・スペルチェックだけで終わらせず、本記事のチェックリストを参考に、タブー表現がないかを丹念に確認する時間を設けましょう。
- 「強い動詞」と「具体的な名詞」を意識する: 「make/do/have」や「thing/stuff」に頼らず、文脈に最もふさわしい精密な語彙を選ぶ癖をつけましょう。
- 客観性を最優先する: 自分の意見や感想を述べるのではなく、データが何を示しているのか、先行研究とどう比較されるのかを、中立的かつ明確な言葉で記述しましょう。
最初から完璧な論文を書くことは誰にもできません。重要なのは、学術コミュニティが共有する「文体のルール」を知り、意識的にそれに従おうとする努力です。この記事が、あなたの研究の価値を最大限に伝える、洗練された英語論文執筆の一助となれば幸いです。

