英文法を学んでいると、必ず出会うのが「態」という概念です。多くの学習者は「能動態を受動態に書き換える」という作業を通じて「態は単なる構文の変換ルール」だと理解してしまいがちです。しかし、これは大きな誤解です。英文における「態」の本質は、話し手や書き手が「誰の視点から出来事を語るか」というコミュニケーション上の戦略的な選択にあります。このセクションでは、態の表面的な形ではなく、その根底にある「視点」という概念を理解し、英語を使いこなすための第一歩を踏み出しましょう。
「態」とは何か? 単なる構文変換ではなく「視点の選択」という文法概念

「態」は、英語で「voice」と呼ばれます。声や口調を意味するこの言葉が文法用語として使われている点に、ヒントがあります。それは、同じ出来事を異なる「語り口」で表現する文法カテゴリーだからです。能動態は「行為者が主役」の語り口、受動態は「行為の対象が主役」の語り口と言い換えられます。
「態」とは、文の主語が「行為者」なのか「行為の対象」なのかを選択し、それによって情報の焦点と語り口を決める文法概念です。能動態と受動態は単なる言い換えではなく、伝えたい内容の「中心」をどこに置くかという、話し手の意図的な選択の結果です。
「文の骨格」は同じでも「見せ方」が変わる〜5文型と態の関係
まず押さえておきたいのは、5文型(SV, SVC, SVO, SVOO, SVOC)と「態」の関係です。5文型は、動詞とその他の要素(主語、目的語、補語)がどのように結びついて文の基本的な意味の骨格を形成するかを示す枠組みです。
一方、「態」はこの骨格の「見え方」を決めるものです。例えば、骨格が「S(行為者)がO(対象)をVする」というSVO型(例:The company developed the software.)だとします。能動態は、この骨格をそのままの順序で見せます。受動態は、この骨格の「対象(O)」を主語の位置に引き上げ、「行為者(S)」を背景に押しやることで、見え方を変えるのです(例:The software was developed by the company.)。
つまり、5文型は「何がどうする」という事実の構造を規定し、態は「その事実を誰の立場から、何に焦点を当てて語るか」という表現方法を規定していると言えます。
能動態と受動態の本質的違い:主語の役割と情報の焦点
両者の違いを「視点」と「焦点」という観点から整理してみましょう。
| 観点 | 能動態 | 受動態 |
|---|---|---|
| 主語の役割 | 動作・行為の主体(行為者) | 動作・行為の対象(影響を受けるもの) |
| 情報の焦点 | 「誰が・何が」その行動をしたかに焦点 | 「何が」その行動の影響を受けたか、その「状態・結果」に焦点 |
| 語り手の視点 | 行為者側に立った語り口 | 対象側に立った語り口 |
| 基本構造 | 主語(S) + 動詞(V) + … (行為者が主役) | 主語(S) + be動詞 + 過去分詞 + (by …) (対象が主役) |
この表から明らかなように、能動態を選ぶか受動態を選ぶかは、話し手が「主役」に据えたいのはどちらかによります。能動態は行為者を強調し、その積極性や責任を前面に押し出します。一方、受動態は行為者を背景化し、行為の対象となったものの状態や変化、あるいは行為者よりも対象そのものに読者の注意を向けさせたい時に効果的です。
したがって、英文を書いたり話したりする際には、「この文で最も伝えたい中心は何か。行為者か、それとも行為の対象や結果か」と自問することが、正しい「態」の選択への第一歩となります。単なる変換ルールの適用ではなく、コミュニケーション意図に基づく視点の選択として「態」を捉え直してみてください。
なぜ受動態を使うのか? 5つの主要な使用場面とその意図を理解する



「態は視点の選択である」と学びました。では、具体的にどのような場面で受動態の視点を選ぶのでしょうか。多くの学習者は「誰がしたか分からないとき」とだけ覚えがちですが、それは理由の一部に過ぎません。英語の受動態には、話し手や書き手が伝えたい情報の焦点を、意図的に移動させるという明確な目的があります。以下の5つの場面を理解することで、受動態を使いこなす第一歩を踏み出しましょう。
受動態は「能動態の言い換え」ではありません。それぞれの使用場面には、情報の焦点を「行為者」から「動作の対象」や「出来事そのもの」へと移すという、コミュニケーション上の戦略的な意図が必ず存在します。日本語の「〜れる・られる」の感覚とは異なる、英語の論理を身につけましょう。
状況1: 行為者が不明・重要でないとき
最も基本的な場面です。行為者が誰か分からない、あるいは誰であっても文の本質的な意味に影響を与えない場合、受動態が選ばれます。行為者に言及する必要がないため、「by + 行為者」は省略されます。
| 能動態(不自然・焦点がずれる) | 受動態(自然・焦点が適切) | 意図 |
|---|---|---|
| Someone stole my wallet yesterday. | My wallet was stolen yesterday. | 「誰が」よりも「財布が盗まれた」という事実に焦点を当てる。 |
| They built this library many years ago. | This library was built many years ago. | 図書館の建立という歴史的事実が主眼で、建設者を特定する必要がない。 |
状況2: 行為者が自明・一般論を述べるとき
行為者が「人々」「私たち」「誰もが」など、一般性が高く文脈から明らかな場合です。あえて能動態の主語を立てると冗長で、焦点がぼやけてしまいます。
| 能動態(冗長) | 受動態(簡潔・客観的) | 意図 |
|---|---|---|
| People speak English all over the world. | English is spoken all over the world. | 「英語」という言語の普遍性に焦点を移し、一般論として述べる。 |
| You should consider this proposal carefully. | This proposal should be considered carefully. | 「あなたが」と特定せず、提案そのものの重要性を客観的に示唆する。 |
状況3: 受け手(動作の対象)を話題の中心に据えたいとき
会話や文章の流れ上、動作の対象こそが話題の中心である場合です。前の文で紹介された人物や物事を主語に据えて文を続けると、話の流れが滑らかになります。
例えば、ある発明について語る場面を想定してみましょう。
- 能動態の流れ: 「A氏は画期的な装置を発明した。多くの企業がその装置をすぐに採用した。」(主語が「A氏」→「多くの企業」と変わる)
- 受動態の流れ: 「A氏は画期的な装置を発明した。その装置は、すぐに多くの企業に採用された。」(主語が「A氏」→「その装置」と一貫)
受動態を使うことで、話題の中心を「装置」に保ち、読み手の注意を散漫にさせません。
状況4: フォーマルな文体や学術的な記述で客観性を示すとき
研究論文、科学記事、公式な報告書などでは、個人的な主張を排し、客観的事実を前面に出すために受動態が多用されます。「私は実験をおこなった」ではなく「実験がおこなわれた」と表現することで、行為者を背景に押しやり、プロセスや結果そのものに焦点を当てる効果があります。
状況5: 出来事や結果そのものに焦点を当て、行為者を背景化したいとき
ニュース報道や事故の説明など、行為者よりも発生した「出来事」やその「結果」が重要視される場面です。誰が原因かよりも、何が起きたのか、どのような影響があるのかを伝えることが優先されます。
| 能動態(行為者に焦点) | 受動態(出来事・結果に焦点) | 意図 |
|---|---|---|
| A strong earthquake hit the region. | The region was hit by a strong earthquake. | 地震という自然現象そのものと、被災した地域に焦点を当てる。 |
| The committee made the decision after long discussions. | The decision was made after long discussions. | 「委員会が」という主体よりも、長い議論の末の「決定」という結果を強調する。 |
英文を書く際、能動態と受動態のどちらを選ぶべきか迷ったときは、以下の順で考えてみましょう。
- 話の中心(主題)は「行為者」か、それとも「動作の対象・出来事」か?
→ 後者であれば受動態の使用を検討。 - 行為者は特定できるか? その情報は読者にとって必要か?
→ 不明、自明、不要のいずれかであれば受動態が適している。 - 文体は客観的・フォーマルなものか?
→ 論文や報告書などでは受動態が好まれる傾向がある。 - 前後の文の流れをスムーズにするには、どの主語を選ぶべきか?
→ 話題の一貫性を保つために受動態を選択する場合がある。
大切なのは、文法ルールとして暗記するのではなく、「今、自分が何を伝えたいのか」に立ち返って視点を選ぶことです。この思考法を身につけると、単に正しい英文を書くだけでなく、より意図が伝わりやすい、洗練された英語を運用できるようになります。
能動態か受動態か? 英作文・会話で瞬時に判断するための3つの思考フロー
これまでに、受動態を使う典型的な場面を学びました。しかし、実際に英語を使う場面では、「どちらの態を選べばいいのか迷う」ことがよくあります。このセクションでは、機械的な変換ではなく、自分で意味を考えて構文を選ぶための具体的な手順を、3つの思考フローとして紹介します。この手順を身につければ、英文を書くときも、話すときも、迷わず正確な文を作れるようになります。
まず、自分が伝えたい内容について考えます。このとき、「誰(または何)が話の中心か」を最初に決めることが全ての起点です。日本語では、話の中心(主題)が文の最初に来ないことも多いため、ここで一旦整理する必要があります。
- 中心が「行為者」なら能動態: 「私が〜した」「会社が〜を発表した」など、行為をする側に焦点を当てたいとき。
- 中心が「行為を受けるもの」なら受動態: 「書類が〜された」「その決定が〜された」など、行為を受ける側に焦点を当てたいとき。
主語を決めたら、次に情報の新旧と重要度を考えます。英語では、文の最後に最も重要な情報(焦点)が置かれる傾向があります。聞き手が既に知っている情報(旧情報)は文頭に、知らない新しい重要な情報(新情報)は文末に配置すると、理解しやすい文になります。
焦点を文末に移動させるために、受動態が役立つのです。
受動態を使うと判断した場合、最後に「by 〜」で行為者を示す必要があるかどうかを考えます。これは、コミュニケーション上の必要性によって決まります。
- 明示する必要がある場合: 行為者が誰かが重要で、聞き手がそれを知らない、または強調したいとき。
- 省略する場合: 行為者が不明、一般の人々、または文脈から明らかで重要でないとき。多くの場合、受動態では行為者は省略されます。
この3つのステップは、上から順番に考える必要はありません。実際には、話の中心(主語)と情報の焦点はほぼ同時に決まっていくものです。大切なのは、「単に能動態を受動態に書き換える」ではなく、「どの視点から、何を伝えたいか」を先に考える習慣をつけることです。
思考フローを実践してみよう:練習問題
以下の短いシナリオを読んで、どのような英文が適切か、3つの思考フローに沿って考えてみましょう。
あなたは会社で重要な報告書を完成させました。同僚にそのことを伝える場面です。同僚は、あなたがその報告書を担当していることを知っています。
- 思考1(主語): 話の中心は「あなた(私)」です。行為者に焦点があります。
- 思考2(焦点): 同僚が最も知りたいのは「報告書が完成した」という結果です。「報告書」は旧情報、「完成した」が新情報です。
- 思考3(行為者): 行為者(あなた)は重要で、文脈からも明らかです。省略する理由はありません。
- 適切な文: 能動態が自然です。「I have finished the report.(私が報告書を完成させました)」
会社のエントランスがきれいに掃除されています。誰が掃除したかは不明ですが、その清潔さに感心した場面です。
- 思考1(主語): 話の中心は「エントランス」の状態です。行為を受けるものに焦点があります。
- 思考2(焦点): 聞き手が知りたいのは「掃除されている」という状態。行為者(誰が)はこの文の焦点ではありません。
- 思考3(行為者): 行為者は不明で、この文で伝える必要もありません。
- 適切な文: 受動態が最適です。「The entrance has been cleaned.(エントランスが掃除されています)」
これらの例から分かるように、能動態と受動態の選択は、文法ルールの適用ではなく、伝えたい内容に基づいたコミュニケーション上の選択なのです。この思考法を繰り返し練習することで、英語をより意図的に、効果的に使えるようになります。
受動態を使うべきでない場合と注意点 誤用を防ぐための明確な基準



前のセクションまでで、能動態と受動態の選択の考え方を学びました。しかし、英語学習者の多くが躓くのは、「受動態を作ってはいけない場合」や「作った受動態が不自然になる場合」です。受動態の使用は万能ではなく、文法的な制約と、英語らしい自然な表現としての基準が存在します。ここでは、受動態の誤用を防ぎ、洗練された英文を書くための明確なルールを確認しましょう。
自動詞には受動態を作れない理由
受動態を作る第一の前提は、動詞が他動詞であることです。他動詞とは「〜を」という目的語を必要とする動詞のこと。受動態は「目的語を主語の位置に移動させる」操作なので、そもそも目的語がない自動詞ではこの変換ができません。
自動詞を用いた受動態は、文法的に成立しません。以下のような文は誤りです。
- 誤: The accident was happened yesterday. (「happen」は自動詞)
- 正: The accident happened yesterday. (事故は昨日起こった。)
- 誤: The sun is risen in the east. (「rise」は自動詞)
- 正: The sun rises in the east. (太陽は東から昇る。)
自動詞と他動詞の区別がつきにくい動詞もあります。例えば「arrive(到着する)」は自動詞、「reach(〜に到着する)」は他動詞です。迷ったときは辞書で確認する習慣をつけましょう。
- この動詞は受動態にできますか?
-
動詞が受動態になるかどうかを判断するには、まず「誰が/何が〜する」という能動態の文を考え、「〜する」の部分が他動詞か確かめます。次に、「〜される」という意味が成立するか、文脈的に自然かを考えます。「increase(増加する)」のように自動詞・他動詞の両方の用法を持つ動詞もあるため、文脈に合わせた判断が必要です。
「by 行為者」を省略するのはどんなとき? 明示すべき基準
受動態で「by + 行為者」を付けるか省略するかは、情報の重要性で決まります。行為者が誰であっても文の核心が変わらない場合、あるいは行為者が不明瞭で言及する価値がない場合には省略します。
「by 〜」を省略する典型的な場面
- 行為者が明白または一般的すぎる場合: 「Spanish is spoken in Spain.(スペインではスペイン語が話されている)」。「話す」行為者は一般的に「人々」であり、わざわざ「by people」と付ける必要はありません。
- 行為者が不明または重要でない場合: 「My wallet was stolen.(財布が盗まれた)」。誰が盗んだかは被害者にとって重要かもしれませんが、その場で伝えるべき核心情報は「盗まれた」という事実です。
- 行為者をぼかしたい場合: 「Mistakes were made.(ミスがおこなわれた)」。誰のミスか具体的に言及せず、組織や状況を主語に据えることで、責任の所在を曖昧にする意図的な表現です。
一方、行為者を特定することが文の意味や意図にとって不可欠な場合は、省略してはいけません。
- 行為者に焦点を当てたいとき(例: 「This theory was developed by a young researcher.」)。
- 行為者を明らかにしないと誤解や曖昧さが生じるとき。
- 能動態との対比で、行為者を強調したいとき。
能動態の方が自然で力強いメッセージになるケース
文法的に正しくても、受動態が不自然に響く場合があります。英語では、能動態の方が直接的で力強く、主体性や責任の所在を明確に伝える傾向があります。特に以下のような場面では、能動態を選ぶことを意識しましょう。
第一に、指示や提案をするときです。受動態は間接的で遠回しな印象を与えるため、明確なコミュニケーションには不向きです。
- 不自然(受動態): The report should be submitted by Friday by you.
- 自然(能動態): Please submit the report by Friday.(金曜日までに報告書を提出してください).
第二に、自分の行動や意見を述べるときです。能動態を使うことで、発言への責任感や自信が伝わります。
- 弱い(受動態): It is believed that this method is effective.
- 強い(能動態): I believe this method is effective.(私はこの方法が効果的だと考えます).
第三に、簡潔さと明快さが求められるビジネス文書や技術文書です。受動態が連続すると文章が冗長で曖昧になり、読む側に負担をかけます。
「誰が(何が)行動の主体か?」を明確に伝えることで、メッセージに説得力と責任感が生まれます。受動態の使用を検討する前に、「能動態で書くとどうなるか?」と自問する習慣をつけることが、洗練された英文を書く近道です。受動態は必要な場面で効果的に使い、それ以外では能動態の力強さを活かしましょう。
実践トレーニング:ニュース記事やエッセイから「態の選択」を分析する
これまで学んだ能動態と受動態の選択基準は、単文の練習だけでは完全に身につきません。実際に使われている文章では、著者が情報の流れや焦点をコントロールするために、両方を意図的に使い分けています。このセクションでは、生きた英文を分析し、自分で文を書く実践演習を通じて、状況に応じた「態の選択」を体得していきましょう。
例文分析:能動態と受動態が混在する英文を読み解く
まずは、実際の文章の一節を見て、著者がなぜ能動態と受動態を使い分けているのかを考えます。思考の起点は常に「主語は何か」「何に焦点を当てたいか」です。
The research team announced the groundbreaking discovery yesterday. The findings were immediately published in a leading scientific journal. They are expected to influence future studies in this field for decades to come.
この短いパラグラフには、能動態と受動態が混在しています。それぞれの選択理由を分析してみましょう。
- 1文目 (能動態): 主語は「研究チーム」です。この文では「誰が発見を発表したか」が重要な情報であり、動作主を前面に出す必要がありました。
- 2文目 (受動態): 主語が「調査結果」に変わっています。焦点は「誰が発表したか」から「その結果がどうなったか」に移行しています。動作主(おそらくジャーナルの編集部など)は文脈上明らかであり、重要ではないため、受動態が自然です。
ここで、このシナリオで能動態を使うとどうなるか、比較してみましょう。
能動態で書こうとすると、動作主を考えなければなりません。「誰が」予約するのか。主語を「私たち」とすると、焦点が「予約する私たち」に移ってしまい、本来の主題である「会議室」が脇役になります。文脈によっては不自然です。主語を「秘書」にすると、事実とは異なるかもしれません。
このように、与えられた状況の中から「何を主語にするか」を最初に決めることが、正しい態の選択への第一歩です。
伝えたい内容の中で、最も焦点を当てたいもの(人・物・概念)は何かを考え、それを文の主語にします。
主語が動作をする側か、される側かを判断します。主語が動作をするなら能動態、されるなら受動態の構文を選びます。
選んだ構文が、文脈や前後の文の流れの中で不自然になっていないか確認します。動作主が不明瞭すぎたり、わざとらしい受動態になっていないか点検します。
思考のプロセスを経て、最終的な文を完成させてみます。シナリオAでは「会議室」に焦点を当てるため、受動態が最適です。シナリオBでは「新しいポリシー」が主題であり、それを「導入する」のは「会社」ですから、能動態が自然です。
このトレーニングを繰り返すことで、単なる文法ルールの暗記ではなく、英語を話し、書くための実践的な思考法が身についていきます。次のセクションでは、これまで学んだすべてを総括し、最終確認を行います。










