使役構文と受動態の境界線 英文契約書のShallが生み出す法的義務の責任主体を正確に読み解く実践ガイド

英文契約書において、”shall”は当事者自身が従う単純な義務だけを意味するわけではありません。むしろ、その主語と目的語の構造を注意深く読むことで、当事者が他者に行わせる責任(使役)や、直接の義務主体が明記されない間接的な義務(受動的義務)を読み取ることができるのです。この複雑な側面を見逃すと、契約上のリスクや責任範囲を誤解する危険があります。

目次

Shallの「単純義務」を超えた二つの複雑な顔:使役と受動的義務付与

Shallの義務は 単純ではない。使役的義務の構造、受動的義務の存在、責任者と実行者の分離

契約書の”shall”の多くは、「当事者AはBを行う」という単純な義務を表します。しかし、条文の文法的構造によっては、”shall”がより多層的な責任関係を生み出します。特に、義務の「実行者」とその責任を負う「責任者」が異なるケースでは、当事者の負担が想像以上に広がる可能性があるのです。ここでは、そのような複雑な義務の読み解き方の基本を押さえましょう。

ポイントは、主語が誰で、何を目的語に取っているかを文法構造から分析することです。

「させる」責任を負うShall:使役的義務の基本構造

使役的義務とは、当事者が自ら何かを行うのではなく、第三者に特定の行為を「させる」責任を負うことです。この構造は、動詞の目的語の後に何らかの動作(動詞)が続くパターンで現れます。

典型的な構文は以下の通りです。

  1. 主語 + shall + have / cause / make + 目的語(第三者)+ 過去分詞 / to不定詞
  2. 主語 + shall + ensure / guarantee + that節 / to不定詞

例えば、次のような条文があったとします。

The Company shall have the report reviewed by an independent third-party auditor.

一見すると「会社は報告書を査読される」という受動態のように見えるかもしれません。しかし、”have … reviewed”という構造は、会社が独立した第三者監査人に報告書を査読させる義務を意味します。会社自身が査読するのではなく、適切な監査人を選定し、査読プロセスを確実に実行させる責任を負っているのです。

使役的義務を見分けるコツ
  • 主語(責任者)と、実際に行動する主体(実行者)が文法上で分離している。
  • “shall”の後にhave, cause, make, ensure, guaranteeといった「させる」「保証する」意味の動詞が続く。
  • その動詞の後に、実際の動作(過去分詞やto不定詞)が続く。

条文に書かれていない「第三者」を巻き込むShall:受動的義務の読み方

さらに注意が必要なのが、条文上に直接の義務主体が明記されていない「受動的義務」です。これは、当事者が自ら何かを「する」義務でも、他者に「させる」義務でもなく、ある状態や結果が生じることを「許容しない」「防止する」消極的な義務を指すことがあります。この場合、義務の対象となる行為者は、契約の外部にいる不特定の第三者である可能性が高いです。

次の条文を考えてみましょう。

Confidential Information shall not be disclosed to any unauthorized person.

この文の主語は「機密情報」です。機密情報自体が行動を起こすわけではありません。この”shall not be disclosed”は、当事者が、権限のない者への開示という事態が起こらないようにする義務を負っていることを示唆しています。つまり、当事者は自社の従業員、契約パートナー、さらには外部からの不正アクセスなど、あらゆる経路を通じた情報漏洩を防止する責任を負うのです。条文には「誰が」防止するかは書かれていませんが、主語(機密情報)を管理する当事者にその義務が帰属すると解釈されます。

義務の種類構造の特徴責任の所在例文
単純義務主語が自ら行動する実行者=責任者The Seller shall deliver the goods.
使役的義務主語が他者に行動させる責任者 ≠ 実行者The Buyer shall have the payment made by its bank.
受動的義務ある状態の発生を防止する責任者(当事者)に対し、不特定の行為者による事態の防止責任The premises shall not be used for illegal purposes.

受動的義務の条文では、主語が無生物(情報、資産、場所など)であることが多く、「〜されてはならない」という禁止の形を取ります。この時、禁止されている行為の「実行者」は条文に現れません。読者は、その行為を起こしうる全ての関係者(自社スタッフ、下請け業者、訪問者など)を想定し、当事者がそれらを統制する責任を負うと解釈する必要があります。

注意点のまとめ
  • 主語だけを見て義務を判断しない:主語が物や情報でも、背後に人の責任が生じる。
  • 使役動詞を見落とさない:”shall ensure that…” は、単なる確認ではなく、結果を保証する重い義務を課す。
  • 消極的義務の範囲を過小評価しない:「〜されない」という規定は、あらゆる可能性からの防止策を講じることを要求している。

使役的Shallを特定する3つの文法的サインと実例分析

「当事者AはBを行う」という単純な義務を超えて、契約書の中には当事者が他者に何かを「行わせる」責任が潜んでいます。使役的Shallを見分けるには、条文の構造そのものに着目し、特定の文法パターンを探すことが有効です。

「Object + to不定詞」が鍵になる使役構文のパターン

使役の意図が最も明確に表れるのは、shall causeやshall ensureといった動詞を用いた構文です。これらの動詞は、主語が直接行動するのではなく、何らかの結果を引き起こしたり、確実にしたりする義務を意味します。

典型的なパターンは「A shall cause B to…」です。この場合、当事者Aの義務は「Bが…することを引き起こす」ことであり、A自身が「…する」わけではありません。同様に、「A shall ensure that B…」も、AがBの状態や行動を確実なものにする管理責任を負います。

条文にcause、ensure、procure(調達する、取り付ける)が使われていたら、使役の可能性が高い。

実例で確認

以下の条文を比較してみましょう。causeの有無で義務の質が大きく変わります。

The Contractor shall cause all Subcontractors to comply with the safety regulations.

(請負業者は、全ての下請け業者が安全規則を遵守するよう(させなければならない)ものとする。)

この条文では、請負業者の義務は「下請け業者が遵守する」こと自体ではなく、下請け業者に遵守させるための監督や指示を「引き起こす」ことにあります。causeがなければ、「請負業者自身が遵守する」という単純義務と誤読する危険があります。

「名詞句 + 過去分詞」で隠れる「完了させる」義務

使役のサインは、より巧妙に隠れている場合もあります。特に注意すべきは、「keep + 名詞 + 過去分詞」や「have + 名詞 + 過去分詞」の構文です。これらの表現は、ある状態を「維持させる」「完了した状態にしておく」という使役的義務を表します。

例えば、「A shall keep the premises insured.」という条文は、「Aが保険をかける」という直接的行為を意味しません。Aの義務は、「建物が保険でカバーされた状態を維持すること」です。これは、A自身が保険会社と契約する場合もあれば、大家など第三者にその状態を維持させる責任を負う場合もあり得ます。

過去分詞は「〜された状態」を表します。「keep/have + 名詞 + insured/cleaned/maintained」のような表現を見つけたら、誰がその状態を作り出すのかを考えましょう。

間接目的語を含む構文における責任の二重構造

3つ目のサインは、「provide A with B」や「furnish A with B」といった間接目的語を含む構文です。一見すると単なる提供義務に見えますが、この場合、提供する「もの(B)」の内容、品質、状態について、提供者により広範な管理責任が生じることがあります。

具体的には、「A shall provide the Company with monthly sales reports.(Aは会社に月次販売報告書を提供しなければならない)」という条文では、Aの義務は単に書類を渡すことだけではありません。報告書の内容が正確で完全であること、適時に作成されることについても、結果責任を負うと解釈される可能性が高いのです。つまり、下位の担当者に作成を任せたとしても、その成果物の品質についての最終責任はAにあります。

チェックリスト:使役的Shallの発見法
  • 動詞がcause, ensure, procureなど、結果を生み出す意味か?
  • 目的語の後にto不定詞が続き、別の行動主体が示されているか?
  • keepやhaveの後ろに「名詞+過去分詞」の構造があるか?
  • 条文の主語が直接行動するよりも、何かを「させる」「状態にする」と読む方が自然か?

これらの文法的サインを手がかりに条文を読み解くことで、契約上の責任がどこまで及ぶのか、その範囲をより精緻に把握できるようになります。単語の表面の意味だけでなく、構造が伝える「関係性」に注目することが、リスクを見逃さないための第一歩です。

受動的義務の落とし穴:条文に登場しない「責任者」をどう読み取るか

条文に主語が 書かれていない時。情報を主語にした場合、受動態の義務表現、真の義務主体の特定

使役的な”shall”が「当事者が他者に行わせる責任」を明示する一方、契約書には直接の義務主体が条文上に姿を見せないケースが頻繁にあります。「誰が」という主語を省略した受動態や、無生物を主語とする表現です。これらは一見シンプルに見えますが、行為の実行責任が誰に帰属するのかを文脈から推測しなければならず、解釈を誤ると重大なリスクを招きます。条文の背後に隠れた「真の義務者」を特定する手法と、その派生リスクについて見ていきます。

「情報」や「書類」を主語にした場合の真の義務主体

契約書でよく見かけるのが、義務の対象物そのものを主語にした表現です。例えば、「All notices shall be in writing.(全ての通知は書面でなければならない)」という条文があります。この文は、「通知」というモノに対して「書面であること」を義務づけていますが、肝心の「誰が」その通知を書面で作成・送付する責任を負うのかは明記されていません。

このような場合、真の義務主体を特定するには、その行為の「自然的・合理的な実行者」を文脈から判断します。通知を送る行為は、通常、通知を必要とする当事者(送信者)が行います。したがって、この条文は暗黙のうちに「各当事者は、自らが送る全ての通知を書面で行う義務を負う」と解釈されるのが一般的です。同様に、「The report shall be submitted by the 15th of each month.(報告書は毎月15日までに提出されなければならない)」という条文は、「報告書の提出義務を負う当事者」が報告書を作成・提出する責任を負うことを意味します。

「All documents shall be in English.」という場合、誰が英文作成の義務を負いますか?

この条文は、契約に関連して提出される「書類」そのものに英文であることを要求しています。したがって、その書類を提出する必要がある当事者が、英文での作成または正式な翻訳を手配する義務を負います。例えば、当事者Aが当事者Bに提出する見積書は、当事者Aが英文にすべきです。当事者双方に等しく適用される相互的な義務と解釈されます。

「It shall be the responsibility of…」以外の受動的義務表現

義務の主体を明示する定型句「It shall be the responsibility of Party A to…」以外にも、受動的義務は多様な形で表れます。見落としがちなパターンを理解することが、リスク管理の第一歩です。

  • 受動態の”shall be + 過去分詞”: 「The equipment shall be maintained in good condition.(設備は良好な状態に維持されなければならない)」。この場合、設備を所有・使用する当事者、または維持管理を明示的に請け負う当事者が義務を負います。
  • 「There shall be…」構文: 「There shall be no delay in payment.(支払いに遅延があってはならない)」。これは「支払いを遅延させてはならない」という能動的な義務を、支払い義務者に課していると解釈されます。
  • 名詞化された義務: 「Timely delivery of the Goods is of the essence.(商品の適時の納品は本契約の要素である)」。これは「納品する当事者は、適時に納品しなければならない」という強い義務を暗に示しています。
警告:解釈の誤りが招く具体的リスク

受動的義務の主体を誤って解釈すると、想定外のコストや履行不能に陥る危険があります。例えば、「All software shall be compatible with the latest operating system.(全てのソフトウェアは最新のOSと互換性がなければならない)」という条項があるとします。ソフトウェアの提供者は、自らが提供するソフトウェアの互換性を保証する義務を負うと考えるでしょう。しかし、この条文が「ソフトウェアを使用する側」にも、使用環境を最新OSに保つ義務を課していると解釈される余地があります。そうなると、ユーザー側はOSのアップデートに伴う予期せぬ費用やシステム変更を強いられる可能性があります。

黙示的義務から生じる派生リスクの特定方法

受動的義務の最大の難しさは、それが黙示的義務(Implied Obligation)を生み出す土壌となる点にあります。黙示的義務とは、条文に直接書かれていないものの、明示された義務を履行するために「合理的に必要とされる」行為や状態を指します。これを見逃すと、契約のバランスが崩れ、意図しない負担を一方的に背負うことになります。

黙示的義務と派生リスクを特定する3つのチェックポイント

  • 義務履行に必要な前提行為は何か: 「情報は正確でなければならない」という義務からは、「情報を収集・検証する」という前提行為が黙示的に要求されます。そのコストは誰が負担するのかを確認します。
  • 他の条項との整合性は取れているか: 受動的義務を含む条項が、別の条項で特定の当事者に課された明示的な義務と矛盾していないか、または重複・強化していないかを検証します。矛盾がある場合は、解釈上の争いの種になります。
  • 技術的・現実的な制約を考慮しているか: 「システムは24時間365日利用可能でなければならない」という要求は、それを実現するための保守体制、予備システム、コストという黙示的義務を伴います。これが単なる目標なのか、拘束力のある義務なのか、またその負担範囲を明確にすべきです。

最終的には、曖昧な受動的義務表現を発見したら、交渉段階で能動態に書き換え、義務主体を明確に規定することをおすすめします。「Party A shall ensure that all notices are in writing.」のように書き換えるだけで、責任の所在は劇的に明確になります。契約書を読む際は、条文の表面だけでなく、その背後に隠れた「行為者」を常に探る目を持ちましょう。

実践演習:複合的な条文から責任の鎖(Chain of Obligations)を描き出す

複雑な条文から 責任の鎖を描く。複数のShallを分解、義務主体の特定、責任のネットワーク化

これまでに学んだ「使役的Shall」と「受動的義務」の読解技術は、単独の条文を理解するための道具です。実際の契約書では、これらの要素が複雑に絡み合い、複数の当事者に及ぶ「責任の鎖」を形成しています。ここでは、より実践的な文例を分析し、条文に隠れた義務のネットワークを可視化する方法を習得します。

サプライチェーン契約の一文を分解する

まず、シンプルに見えて複数の義務主体が関わる条文から始めましょう。

文例A: 「Licensee shall ensure that all products manufactured using the Licensed Technology shall be inspected by an independent third party, and a certificate of compliance shall be delivered to Licensor within 30 days after each production lot is completed.」

分解のポイント

この一文には3つの”shall”が含まれています。それぞれが誰に、どのような義務を課しているのか、主語(義務主体)を明確に特定することが最初のステップです。

  1. 「Licensee shall ensure that…」
    この最初の”shall”の主語は「Licensee」(ライセンシー)です。義務の内容は「〜を確実に行わせる、保証する」という使役的なものです。ライセンシー自身が直接「検査する」のではなく、その実施を保証する責任を負っています。
  2. 「…products … shall be inspected by an independent third party」
    2つ目の”shall”は、主語が「products」(製品)です。これは受動態であり、「製品が検査される」という状態を規定しています。行為の主体(誰が検査するか)は「an independent third party」(独立した第三者)です。ライセンシーはこの第三者が検査を行うことを「保証(ensure)」しなければなりません。
  3. 「… a certificate … shall be delivered to Licensor」
    3つ目の”shall”の主語は「a certificate of compliance」(適合証明書)です。これも受動態で、「証明書が提出される」という義務を表します。誰が提出するのかは明記されていませんが、文脈から、検査を行った第三者が提出するか、またはライセンシーがその証明書を入手して提出する責任を負うと解釈されます。

義務の鎖は「ライセンシーの保証義務 → 第三者の検査義務 → (第三者またはライセンシーによる)証明書提出義務」という流れでつながっています。ライセンシーは直接検査をしなくても、この一連のプロセス全体に対して最終責任を負うことになります。

免責条項と使役的Shallが交錯するケースの読解

次に、免責を試みる条項が、使役的義務の範囲を限定するケースを見てみます。「Notwithstanding…」(〜にもかかわらず)や「Except as otherwise provided…」(別段の定めがない限り)といった接続詞は、条文の解釈を大きく変えます。

文例B: 「Notwithstanding any other provisions herein, Supplier shall not be liable for any failure or delay in delivery caused by its subcontractors, provided that Supplier shall have used reasonable efforts to cause such subcontractors to perform.」

  • 「Notwithstanding any other provisions herein」
    この条項が、契約書の他のいかなる規定よりも優先されることを宣言しています。たとえ他の条項でサプライヤーの責任が広く規定されていても、この条項が適用されます。
  • 「Supplier shall not be liable for … delay caused by its subcontractors」
    サプライヤーは、下請け業者(subcontractors)が原因の納品遅延について「責任を負わない」としています。一見、完全な免責に見えます。
  • 「provided that Supplier shall have used reasonable efforts to cause such subcontractors to perform」
    しかし、ここに条件(provided that)が付けられています。サプライヤーは、下請け業者に履行させる(perform)よう「合理的な努力(reasonable efforts)」を使役的(cause … to)に行使した場合にのみ、免責が認められます。
「合理的な努力」の解釈

「合理的な努力(reasonable efforts)」は契約解釈で争点になりやすい概念です。単なる努力ではなく、同じ状況下で合理的な事業者が行うであろう程度の積極的な措置を意味することが一般的です。免責を得るためには、契約の催促や代替業者の手配検討など、このハードルを越える行動がサプライヤーに求められます。

複数の当事者が関わるジョイントベンチャー契約の分析

最後に、パーティAとパーティBが共同で事業を行う契約を想定した、より複雑な演習です。

文例C(練習問題): 「Party A shall be responsible for obtaining all necessary governmental permits for the Project. Party B shall cause its Affiliate to provide the initial funding, which shall be deposited into the joint account no later than the Effective Date. All reports regarding the use of funds shall be prepared by Party A and reviewed by Party B.」

演習:義務の主体を特定せよ

以下の質問に答えて、条文に描かれた責任関係を整理してください。

  • 政府の許可取得の直接責任は誰にありますか?
  • 初期資金を調達する義務を負うのは誰ですか?また、それはどのような性質の義務ですか?
  • 資金の使用報告書について、「作成」と「レビュー」の義務はそれぞれ誰に帰属しますか?
  • 「joint account」(共同口座)にお金を入金する行為の直接責任者は条文上明記されていますか?

考え方のヒント:2文目の「Party B shall cause its Affiliate to…」は典型的な使役構文です。パーティB自身が資金を提供するのではなく、その関連会社(Affiliate)に提供させる責任を負っています。また、「…which shall be deposited…」の”shall”の主語は「initial funding」であり、受動的義務の表現です。誰が入金するのかは、前後の文脈から「パーティBの関連会社」と推論するのが合理的です。


実践的な契約書の読解では、条文を単語ごとに区切り、各”shall”が誰を主語としているのかを常に意識することが第一歩です。使役構文(cause … to)があれば「AはBに〜させる責任」、受動態(shall be done)があれば「誰がその行為をするのか」を文脈から推測します。免責条項や条件節は、これらの義務の範囲を拡大したり縮小したりする修正機能を持ちます。複雑な条文に直面したら、この「分解→義務主体の特定→関係性の推論→修正条件の確認」というプロセスを適用し、取引における真のリスク分担の構図を浮かび上がらせてください。

レビューと交渉の現場で活かす:曖昧な責任構造を明確化するためのアクション

使役的表現や受動態の落とし穴を知っても、実際の契約書でそれらを見つけたときにどう動けばよいでしょうか。知識を実践に移すための具体的な手順と交渉ツールが鍵です。ここでは、発見から評価、そして修正提案に至る実務対応のフレームワークを提供します。責任の所在が不明確な条文は、単なる「読みにくさ」ではなく、将来の紛争や想定外のコストを生むリスクそのものです。

リスクの高い「使役・受動的義務」を見つけたら取るべき3ステップ

STEP
ステップ1:識別とリスク評価

条文を読み、使役的「shall」(A shall cause B to…)や無生物主語・受動態での義務(The information shall be provided…)をピックアップします。次に、その義務の性質を評価します。コストがかかる、期限が厳しい、または違反時の影響が大きい義務ほど、責任の所在を明確にする必要性が高まります。「誰が、具体的に何を、どのような条件で行うのか」が即座に答えられない条文は、交渉の対象とすべきです。

STEP
ステップ2:内部での検討とポジション決定

条文の解釈に基づき、自社が負う可能性のある責任の範囲と、それが事業運営やコストに与える影響をシミュレーションします。「このまま受け入れても問題ないか」「明確化を求めるべきか」「あるいは、こちらから具体的な修正案を提示すべきか」を判断します。特に使役的義務では、自社が「使役する」側と「実行を委ねられる」側のどちらになるのかを明確にすることが重要です。

STEP
ステップ3:対話による明確化と修正

ステップ2の判断に基づき、相手方と対話します。単に「この表現は曖昧です」と指摘するのではなく、協力的な姿勢で共通理解を深めるための質問を投げかけ、必要に応じて具体的な修正案を提示します。このステップが、潜在的な紛争を未然に防ぐ最も重要な作業です。

相手方に構造の明確化を求める適切な質問フレーズ

対立を生まずに、建設的に責任の所在を明確にするには、質問の仕方が肝心です。非難や疑念ではなく、プロジェクトの成功に向けた共通理解のため、という姿勢を言葉に乗せましょう。

交渉で使える実用的な英語フレーズ集

以下のフレーズは、契約書レビューの会議やメールでそのまま活用できます。

  • “To ensure we’re on the same page, could you clarify who exactly is responsible for causing B to perform this task?”
    (共通認識を持つために、Bにこの作業を行わせる責任が具体的に誰にあるのか、明確にしていただけますか。)
  • “Regarding the clause ‘The report shall be submitted…’, for our internal planning purposes, could you confirm which party is expected to prepare and submit it?”
    (「報告書は提出されなければならない」という条項について、内部計画のため、どの当事者が報告書を作成・提出することが想定されているか確認できますか。)
  • “We want to avoid any future misunderstanding. Does the phrase ‘A shall ensure the delivery’ mean that A itself will handle the logistics, or that A is responsible for making arrangements with a third-party carrier?”
    (将来の誤解を避けたいのです。「Aは配送を確実に行わなければならない」という表現は、A自身が物流を扱うことを意味しますか、それともAが第三者運送業者との手配に責任を持つことを意味しますか。)

自分側が義務を負う場合に合意すべき明確な表現例

交渉の結果、特定の義務を自社が負うことになった場合、曖昧な表現をそのまま受け入れるのは危険です。責任の範囲と性質を明確に定義した表現に修正することで、後日の解釈の食い違いを防ぎます。

曖昧な表現をそのままにすると、想定外の下請け業者管理や、自社リソースでは対応できない作業の責任を負わされるリスクがあります。

以下は、責任の所在を明確にする修正例です。左が問題のあるオリジナル、右がより明確な修正案を示しています。

曖昧な表現(問題)明確な表現(修正案)
The Supplier shall cause the System to be installed by [Date].
(供給者は、システムが[日付]までにインストールされるようにしなければならない。)
The Supplier shall itself perform the installation of the System by [Date].
(供給者は、自らシステムのインストールを[日付]までに行わなければならない。)
または
The Supplier shall be directly responsible for ensuring that its subcontractor installs the System by [Date].
(供給者は、その下請け業者がシステムを[日付]までにインストールすることを確実に行う直接の責任を負う。)
All necessary permits shall be obtained.
(すべての必要な許可は取得されなければならない。)
Party A shall obtain, at its own cost, all necessary permits.
(当事者Aは、自己の費用負担ですべての必要な許可を取得しなければならない。)
Company X shall ensure that the data is accurate.
(X社は、データが正確であることを確実にしなければならない。)
Company X warrants that the data provided by it is accurate to the best of its knowledge.
(X社は、自己が提供するデータが知る限り正確であることを保証する。)
※「保証(warrant)」という法的責任のレベルと、「知る限り(to the best of its knowledge)」という限定を明確にした例。

これらの修正は、単に言葉を増やしているのではありません。「自ら行う」のか「責任を持つ」のか、費用は誰が負担するのか、責任の法的な性質は何かを条文に織り込むことで、双方の期待を完全に一致させることを目指します。契約交渉とは、リスクを押し付け合う戦いではなく、リスクを認識し、適切に配分するための共同作業なのです。

著者プロフィール

大学受験・英語資格試験塾講師。大学時代にアメリカへ1年間留学。卒業後は海外書籍を取り扱う出版社で編集職に6年間従事した後、英語教育の現場へ転身。大学受験生向けや、社会人の英語資格試験対策の講義を担当し、実践的で分かりやすい解説に定評がある。出版社時代に様々なジャンルの英語書籍を担当した経験から、法律から工学まで業界特有の英語表現やビジネス英語に関する幅広い知識を持つ。また、二児の母という立場から、実体験に基づいた子どもの英語教育に関する発信も行っている。

目次