英語論文の『恐怖症セルフ診断』と完全克服トレーニング:Introduction執筆の初めの一歩を阻む「書けなさ」の心理的・技術的解決策

英語論文のIntroductionを書き始めようとすると、手が止まってしまう。画面を前にして、ただ時間だけが過ぎていく。そんな経験はありませんか。多くの研究者や学生が、この最初の一歩に苦しんでいます。しかし、その「書けなさ」は、あなたの英語力や研究の質を反映しているわけではありません。むしろ、執筆スキル以前の、特定の心理的な障壁が筆を止めているケースがほとんどです。まずはその正体を明らかにし、自分に当てはまる「恐怖症」を見つけることから始めましょう。

目次

「書けない」のは能力不足ではない:3つの恐怖症があなたの筆を止めている

Introductionが書けないとき、多くの人は「自分の英語力が足りない」「論理構成が苦手だ」と自己評価を下げがちです。しかし、本当の原因はもっと根本的で、誰もが陥りうる思考のパターンにあります。ここでは、論文執筆の最初の壁となる3つの「恐怖症」をご紹介します。これらは正式な病名ではありませんが、それぞれが強力なブレーキとなり、あなたの思考と表現を妨げているのです。

自己診断:どの「恐怖症」に当てはまる?
  • 書き始める前に、何度も同じ一文を書き直してしまう。
  • 「読者(査読者)がこれをどう思うか」が気になって、表現が硬くなる。
  • 研究の全体像を最初から完璧に示さなければ、と感じて先に進めない。

これらの思考パターンは、いずれかの「恐怖症」のサインかもしれません。

「完璧な一文」に囚われる「完璧主義恐怖症」

最初の一文が完璧でなければ、先に進んではいけない。この思い込みが、執筆の最大の敵です。完璧主義恐怖症の人は、文法や単語の選択、さらには文章のリズムにまで過度にこだわり、何時間も最初の数行で足踏みしてしまいます。結果、「書く」という行為そのものが停止してしまうのです。

問題は、この思考が「最初から最終稿を書こうとする」点にあります。論文執筆は、下書き、修正、推敲を繰り返すプロセスです。最初の段階で求められるのは、完璧さではなく「思考を文字にすること」です。

完璧主義恐怖症の特徴
  • 書き始める前に、辞書や類語辞典を長時間参照する。
  • 一つの文を、意味が変わらない範囲で何度も言い換える。
  • 「この表現で本当にいいのか」という自問自答が絶えない。
  • 結果、生産性(書かれた単語数)が極端に低い。

「査読者の厳しい目」を想像する「評価恐怖症」

まだ存在しない読者、特に厳しい査読者の反応を事前に想像し、臆してしまう状態です。「この主張は弱いのではないか」「この表現は稚拙だと笑われるのでは」といった不安が頭をよぎり、大胆な主張や明確な表現ができなくなります。

この恐怖症は、自分よりも「高い位置」にいる架空の審判を想定することで生まれます。しかし、執筆の初期段階で必要なのは、まずは自分の考えを率直に表現することです。評価は、形になったものに対して後から行えばよいのです。

評価恐怖症の思考パターン
  • 「もし間違っていたら」という可能性ばかりを考える。
  • 断定表現(”This study demonstrates…”)を避け、弱い表現(”This study might suggest…”)ばかりを使う。
  • 読者を意識しすぎて、本来伝えたい核心部分がぼやける。

「研究の全体像が見えない」という「迷子恐怖症」

Introductionは、研究の地図であり、読者をゴールへ導く道案内です。迷子恐怖症の人は、この地図全体を最初から完璧に描き切らないと、一歩も進めないと感じてしまいます。「背景から結論まで、すべての論理の流れを同時に考えなければ」という負担が、思考を麻痺させるのです。

この状態では、細部にこだわる前に、大きな流れを見失ってしまいます。重要なのは、全体を一度に完成させようとしないことです。大きな骨組み(アウトライン)を作り、一部分から埋めていくという段階的なアプローチが有効です。

自分がどの「恐怖症」の傾向が強いか、理解できたでしょうか。これらの心理的障壁は、能力の問題ではなく、誰もが経験する思考の癖です。次のセクションでは、それぞれの恐怖症に効果的な、具体的なトレーニング法を紹介していきます。

恐怖症を克服する鍵:マイクロライティングの考え方と3つの基本ルール

「書く」という一つの大きな行為が、多くの恐怖を呼び寄せていました。これを克服するには、「書く」という概念そのものを分解し、小さくて安全な作業に細分化することが効果的です。ここでは、Introduction執筆に特化した「マイクロライティング」の考え方と、その具体的な実践ルールを紹介します。

「書く」を「構成要素を並べる」に分解する

Introductionを「書き上げる」ことを考えると、その完成形の重みに押しつぶされそうになります。そこで発想を転換しましょう。Introductionは、いくつかの「部品」が組み合わさってできた「製品」です。あなたが最初にすべきは製品の完成形を頭に描くことではなく、ばらばらの部品を机の上に並べることです。

  • この研究の分野で、今、何が問題になっているのか(背景)。
  • その問題のうち、まだ誰も解決していない部分はどこか(研究の隙間)。
  • 本研究では、その隙間をどう埋めようとするのか(目的)。
  • その結果、何が明らかになると期待できるのか(意義)。

これらの部品を、まずは完全な英語の文章にする必要はありません。日本語でも、箇条書きでも、単語の羅列でも構いません。最終的なCARSモデル(Create a Research Space)のような形式は、後からこの「部品」を組み立てるための設計図にすぎません。設計図を最初から正確に描こうとするから苦しいのです。まずは、使えそうな部品を集めることから始めます。

評価を完全に遮断する「ダーティーセッション」

部品集めの最初のステップでは、文法や単語の正しさを一切気にしない時間を意図的に設けます。これを「ダーティーセッション」(汚いセッション)と呼びましょう。

ダーティーセッションのルール

タイマーを10分間だけ設定します。その間、頭に浮かぶことをすべて書きなぐります。スペルミス、文法の誤り、日本語混じり、すべて許容します。唯一のルールは「手を止めないこと」だけです。この時間は、執筆者であるあなた自身が、自分の内なる批評家を完全にシャットアウトする時間です。

この手法の背景には明確な理由があります。私たちの脳は、一度に「創造」と「評価」の両方を行うのが苦手です。ダーティーセッションは、創造のプロセスを評価から守る防護壁の役割を果たします。ここで生まれる素材は確かに粗削りですが、それを「編集」する工程とは完全に分離することが、心理的負担を劇的に軽減します

完成形を目指さず「素材集め」から始める

ダーティーセッションで得られた混沌としたメモは、貴重な「素材」です。次に、この素材を「部品」に整えていく作業に入ります。以下の3ステップは、混乱から秩序を作り出す具体的な道筋を示します。

STEP
素材の抽出と分類

ダーティーセッションで書いたメモを読み返し、使えそうなフレーズやアイデアに線を引きます。それらを「研究背景」「問題点」「本研究のアプローチ」「期待される成果」などのカテゴリー別に、別のファイルやカードに移動させます。

STEP
部品の言語化

分類されたアイデアを、それぞれ1〜2文の簡単な英語の文にしてみます。ここでも完璧を求めず、「言いたいことの核心」が伝わることを最優先にします。文法が怪しい場合は、そのままにしておいても構いません。

STEP
部品の組み立て

書き上げた複数の「部品」を、Introductionの論理的な流れ(例:背景から問題提起、目的、意義へ)に沿って並べてみます。つながりが悪い部分や、足りない部品が明確に見えてきます。ここで初めて、CARSモデルなどの形式を参照し、構成を調整します。

このプロセスの核心は、「書く」という行為を「素材集め」「部品作成」「組み立て」という3つの小さな工程に分割し、一度に考えることを減らす点にあります。それぞれの工程は負担が小さく、達成感も得やすいものです。

最初の草稿は何であれひどいものである。怖れることはない。

この言葉は、多くの執筆者が経験する真実を端的に表しています。完璧な一歩を踏み出そうとするのではなく、まずは「ひどい一歩」を安心して踏み出せる環境を、マイクロライティングの技法で整えましょう。Introductionの最初の一文は、この「部品」の一つから自然に生まれてくるはずです。

「完璧主義恐怖症」のためのトレーニング:悪文を歓迎する5つのマイクロタスク

「完璧な一文から書き始めなければ」という呪縛が、あなたの手を止めていませんか。この恐怖症を克服するには、「不完全なアウトプット」を積極的かつ大量に生み出す練習が最も効果的です。ここでは、Introduction執筆の最初の一歩として、誰でもすぐに始められる5つのマイクロタスクを紹介します。これらのタスクは、完成形を目指すのではなく、「書く」という行為そのもののハードルを下げることに焦点を当てています。

STEP
タスク1:キーワードの「単語リスト」を5分で書き出す

まずは、あなたの研究に関連する単語やフレーズを、何も考えずにリストアップします。タイマーを5分に設定し、思いつくままに単語を書き出してください。この時、綴りや関連性は一切気にしません。

単語だけでなく、短いフレーズ(例: climate change, machine learning model)や、自分がよく使う表現も含めて構いません。

出力例:単語リスト
  • artificial intelligence (AI)
  • natural language processing
  • deep learning
  • transformer model
  • attention mechanism
  • text generation
  • evaluation metric
  • benchmark dataset
STEP
タスク2:「私の研究は〜についてです」と10回書く

次に、最も単純な文のひな形を使って、研究のテーマを繰り返し書きます。以下の空欄部分を、タスク1で出てきたキーワードや別の表現で埋め、10種類の文を作ることを目標にします。

「My research is about _____.」

同じような文を10回も書くことで、「一文を完璧に仕上げなければ」というプレッシャーが軽減されます。文法的に正しいかどうかは、この時点では気にしません。

出力例:10回書く
  • My research is about AI.
  • My research is about text generation.
  • My research is about how AI generates text.
  • My research is about improving text generation models.
  • My research is about the evaluation of AI-generated text.

(あと5つ、自分なりの表現を続けて書いてみましょう)

STEP
タスク3:先行研究を「AはBと言い、CはDと言った」と箇条書きする

Introductionで必ず触れる先行研究の整理も、まずは箇条書きという「思考の足場」から始めます。各研究の主張を、以下のシンプルな構文に当てはめて書き出します。

「[研究者名/論文名] argues that [主張の内容].」

この段階では、時制や詳細な説明は不要です。重要なのは、複雑な内容を平易な文の型に落とし込む作業に慣れることです。

出力例:先行研究メモ
  • Smith (2018) argues that Transformer models improve translation accuracy.
  • Jones et al. (2020) claim that larger datasets lead to better text quality.
  • Chen’s study shows that current evaluation metrics have limitations.
  • A recent survey paper points out the lack of diversity in generated text.
STEP
タスク4:研究の「目的」を「〜を明らかにする」で5通り書く

研究の目的も、まずはひな形を使って複数のバリエーションで書いてみます。「〜を明らかにする」「〜を調査する」「〜を提案する」といった表現を使って、5通りの文を作成します。

「The purpose of this study is to _____.」や「This research aims to _____.」など、ひな形は自由に変えて構いません。

出力例:目的のバリエーション
  • The purpose of this study is to clarify the effect of X on Y.
  • This research aims to investigate the relationship between A and B.
  • We propose a new method for evaluating Z.
  • This paper examines the limitations of current approaches.
  • Our goal is to develop a framework that improves accuracy.
STEP
タスク5:Introductionの「結論」を1文で3通り書く

最後に、Introductionの最後に来る「本研究の構成は以下の通りです」という部分を、先にざっくりと書いてしまいます。論文の構成を説明する文を、3通りの言い方で書いてみましょう。

最終的な結論を先に書くことで、全体像が見え、迷子になる恐怖を和らげます。ここでも完璧さは求めません。

出力例:構成の説明
  • The rest of this paper is organized as follows. Section 2 reviews related work. Section 3 describes our proposed method. Section 4 presents experimental results. Section 5 concludes.
  • This paper is structured in five sections. After this introduction, we discuss background in Section 2. Section 3 introduces our methodology. Section 4 shows the results. Finally, Section 5 offers conclusions.
  • Following this introduction, the paper proceeds to a literature review, then to the proposed framework, experimental evaluation, and finally conclusions.

これらの5つのタスクを終えた時、あなたの手元には、単語のリスト、繰り返し書かれた単純な文、箇条書きの研究メモ、目的のバリエーション、そして構成の概略が残っています。これらは一見、雑然とした「悪文」や「未完成品」に見えるかもしれません。しかし、これこそが「書く」という行為を、最も負荷の低い作業に分解した結果であり、完璧主義の壁を崩す第一歩です。

白紙の状態から完全な英文を構築するのは、誰にとっても困難です。しかし、これらの「思考の足場」があれば、あとはそれらを組み合わせ、肉付けし、磨いていく作業に移れます。次のセクションでは、この足場をどのようにしてIntroductionの骨組みに成長させていくか、その具体的な方法を解説します。

「評価恐怖症」のためのトレーニング:内なる批評家を黙らせる執筆環境の整え方

論文の文章を書き始められない理由は、技術的なものだけではありません。「こんな内容で指導教員に怒られるのではないか」「査読者に笑われるのでは」という「他人の評価への恐怖」が、あなたの手を完全に止めている可能性があります。この恐怖症を克服するには、完璧な文を書く技術よりも前に、「評価されることを前提としない、安全な執筆空間」を自分自身に用意することが不可欠です。

「非公開メモ」モードで執筆する:最初の読者は自分だけ

多くの執筆者が犯す最大のミスは、最初から「他人に見せる最終原稿」として書こうとすることです。これでは、あらゆる一文が重荷になります。解決策はシンプルです。最初の文章は、絶対に公開しない「自分だけのメモ」として書き始めることです。

この「非公開メモ」モードを実現するためには、執筆ツールの設定そのものを変更するのが効果的です。例えば、文字の色を薄くする、フォントを普段と変える、背景色を設定するなどの工夫は、心理的に「これは下書きであり、失敗してもよい」というメッセージを脳に送ります。

Tips:執筆ソフトで「下書きモード」を作る

一般的なワープロソフトでは、以下の設定が「非公開メモ」モードの切り替えに有効です。

  • 文字色を灰色(例:#888888)に設定する。
  • フォントを、普段使わないシンプルな等幅フォントに変更する。
  • ページの背景色を、薄いベージュやグレーに設定する。
  • ファイル名に「_draft」「_メモ」と付ける。

これらの物理的な変化が、心理的なハードルを下げるスイッチになります。

タイマーを用いた「書きなぐり」セッションで思考を止めない

内なる批評家は、あなたが手を止めて考える隙を狙って現れます。「この表現でいいのか」「もっと良い単語はないか」とささやき、執筆を妨害します。この声を黙らせるには、思考する時間を与えない「書きなぐり」セッションが最も効果的です

STEP
タイマーを5分にセットする

タイマーの存在が「時間制限」というプレッシャーとなり、余計な思考を遮断します。5分という短さがポイントです。

STEP
手を止めずに書き続ける

文法も構成も無視して構いません。言いたいことが日本語で浮かんだら、それをそのまま英語の単語で並べます。「This paper… aim… important… because…」という断片でも十分です。手を止めたら負けです。

STEP
タイマーが鳴ったら必ず休憩を取る

5分間の集中の後は、2〜3分の休憩を挟みます。この短い休憩が、脳をリセットし、次のセッションへの集中力を回復させます。

この方法は「フリーライティング」と呼ばれ、考えを言語化する脳の回路を鍛えるのに極めて有効です。最初は意味不明な単語の羅列でも、数セッション続けるうちに、自然と文脈を持った文の断片が生まれてきます。

フィードバックは「内容」のみに限定する初期ルールを設ける

書き上がった下書きを自分で読み返すとき、何を基準に評価していますか。「文法が間違っている」「表現が幼稚だ」と、すぐに「形式」に目が行ってしまうなら、それは評価恐怖症の典型的な症状です。この段階で形式を気にしても、何も生まれません。

代わりに、最初の自己フィードバックでは、「内容」だけを見るという鉄のルールを設けてください。具体的には、以下の質問にだけ答えます。

  • 自分が言いたかったことは、このテキストから伝わるか?
  • 研究の目的は、一言で言うと何か?
  • なぜそれが重要なのか、理由が書かれているか?

スペルミスや文法の誤り、稚拙な表現はすべて無視します。この「内容評価モード」と、後の「形式修正モード」を明確に分けることが、心理的な負担を劇的に減らします。

「創造モード」 (執筆時)「評価モード」 (推敲時)
アイデアをとにかく出す 内容の論理をチェック
質より量、手を止めない 文法・表現を修正
内なる批評家を締め出す 客観的な視点で読む
目標:言いたいことの断片をすべて書き出す目標:明確で正しい文章に仕上げる

評価恐怖症を克服する本質は、執筆プロセスを「創造」と「評価」の2つのフェーズに分離し、それぞれに専用の環境とルールを用意することにあります。今日から、書くときは「非公開メモ」モードで大胆に書き、見直すときは「内容チェック」に集中するという習慣を始めてみてください。

「迷子恐怖症」のためのトレーニング:Introductionの「地図」を先に描く1枚シート作成法

「自分の研究を英語で説明しようとすると、話があちこちに飛んで、結局何が言いたいのかわからなくなる」。これは、「全体像が見えていないまま書き始める」ことから生まれる典型的な迷子状態です。この恐怖症を克服するには、英語を書く前に、研究のロジックを日本語で視覚化する「地図」を先に作ることが有効です。地図があれば、どこから書き始めても最終的な目的地を見失わず、心理的な安心感を持って執筆を進められます。

「1枚シート」に研究の核心を日本語で書き出す

まずは、A4用紙1枚、またはデジタルノートの1ページを用意してください。これは、あなたの論文のIntroductionを構成する「仮の設計図」です。この段階では、文法や表現を一切気にせず、思いつくままに日本語でキーワードや短いフレーズを書き出すことが目的です。

  • この研究で一番明らかにしたいことは何か(中心的な問い)
  • その問いがなぜ重要で、誰にとって意味があるのか(研究の意義)
  • これまでに他の研究者は何を明らかにして、何がまだ残っているのか(先行研究の整理)
  • 自分の研究は、そのギャップをどう埋めるのか(研究の位置づけと目的)
ポイント

ここでの「地図」は、あくまで思考を整理するための仮の道具です。最初から完璧な構成を目指す必要はありません。むしろ、「書きながら地図を更新していく」という柔軟な姿勢が、硬直した思考を防ぎます。

CARSモデルの各ボックスをキーワードで埋めていく

次に、書き出した内容をIntroductionの定番構成フレームワーク「CARSモデル」に当てはめて整理します。CARSモデルは、Introductionを3つの領域に分けて考える枠組みです。

知っておきたいこと:CARSモデルとは
  • Create a Research Space (研究空間の創出): 研究分野の一般的な背景を説明し、その中で特定の話題を提示します。
  • Establish a Niche (研究のニッチの確立): 先行研究をレビューし、その中に存在する「未解決の問題」「矛盾」「知識の不足(ギャップ)」を示します。これがあなたの研究の出発点です。
  • Occupy the Niche (ニッチの占拠): 上記のギャップを埋めるために、あなたの研究が何を目的とし、どのような方法で、どのような成果を期待するかを述べます。

1枚シートの上に、この3つのボックスを描き、先ほど書き出したキーワードをそれぞれのボックスに振り分けていきます。この作業は、「自分の考えていることを、論文の論理構造に合わせて配置する」練習になります。

CARSモデルの各ボックスに、以下のような質問を投げかけながらキーワードを埋めると整理しやすくなります。

  • Create a Research Space: 「この研究分野で、今、みんなが注目している大きな流れは?」「私の研究トピックは、その中のどの部分?」
  • Establish a Niche: 「AさんとBさんの研究結果は、どこが食い違っている?」「Cさんの理論では説明できない現象は?」「まだ誰も調べていない角度は?」
  • Occupy the Niche: 「だから、私は◯◯を調べる」「そのために××という方法を使う」「これが明らかになれば、△△に役立つ」

シートを見ながら、最も書きやすい部分からマイクロライティングを開始する

1枚シートが完成したら、いよいよ英語での執筆に入ります。ここで重要なのは、Introductionの最初の一文から書き始めなければならない、というルールはないということです。地図が手元にあるのですから、最も気持ちが乗る部分、あるいは最も簡単に思える部分から書けば良いのです。

STEP
地図から「書き始めポイント」を選ぶ

シートを見渡し、「ここなら今すぐ2、3文書けそう」と思うボックスやキーワードを選びます。多くの場合、自分の研究目的(Occupy the Niche)や、よく知っている特定の先行研究(Establish a Niche)から始めるのが心理的ハードルが低くなります。

STEP
キーワードを1〜2文の英語に展開する

選んだキーワードを、不完全で構わないので英語の文にしてみます。例えば、「新規手法」「従来法より高速」というキーワードから、”We propose a new method. This method is faster than the conventional one.” という具合です。この段階では、接続詞や流暢さは気にしません。

STEP
地図を参照しながら隣接する部分を書く

最初の数文が書けたら、地図を見て「その前には何が必要か?」「その次に来る論点は何か?」を確認し、隣接するボックスの内容を書いていきます。地図があるため、全体から外れて迷子になる心配が大幅に軽減されます。

この方法の最大の利点は、「書くこと」と「考えること」を分離できる点にあります。英語を書いている間も、論理の大枠は日本語の地図が保証してくれるため、文法や単語の選択だけに集中できます。迷子恐怖症は、見知らぬ土地を地図なしで歩こうとする不安から生まれます。1枚シートという地図を手にすれば、Introduction執筆という旅も、ずっと自信を持って歩み出せるでしょう。

マイクロライティングの先へ:集めた「部品」を組み立てて草稿を完成させる流れ

心理的障壁を越えて大量のテキスト断片を生み出せたら、次はそれらの「部品」を組み上げて、初めての草稿という形に仕上げる工程です。編集段階で初めて、論理の飛躍や不足部分が明確になり、追加執筆の焦点が絞れます。まずは「ひどい最初の草稿」を完成させることを目指しましょう。

「部品」をCARSモデルの流れに沿って並べ替える

散らばったメモや箇条書きを、最初にやるべきは整理です。多くの論文Introductionで使われる「CARS(Create A Research Space)モデル」の流れに沿って、断片を並べ替えます。

  • 研究分野の確立と重要性(ニッチの確立)
  • 先行研究のレビュー(先行研究の帰結)
  • ギャップや問題点の指摘(ニッチを占める)
  • 本研究の目的と概要(研究を占める)

この4つの枠組みに、生成した断片を振り分けます。足りない部分があれば、その時点で簡単にメモを追加します。

箇条書きや断片を、つなぎ言葉で結んで「ひとかたまり」にする

次に、並べた断片を文章に仕立てます。ここで重要なのは、いきなり完璧な英語を書こうとしないことです。日本語でも、簡単な「つなぎ言葉」を使って、断片を無理やり結びつけます。

「Aという先行研究がある。しかし、Bという問題が残されている。そこで、本研究ではCを提案する。」

この段階の文章は、文法や語彙が稚拙でも構いません。「しかし」「さらに」「その結果」「したがって」といった接続詞を多用して、論理の流れだけを作ることが目的です。

最初の草稿完成後に行う「技術的ブラッシュアップ」の順序

論理の骨組みができた草稿が完成したら、初めて技術的な修正に入ります。効率的に進めるために、次の順序を守ります。

STEP
論理のチェック

各段落の主張と根拠に矛盾がないか、論理が飛躍していないかを確認します。ここでは内容のみに集中します。

STEP
英文構造の改善

主語と動詞の関係を明確にし、受動態を適切な能動態に直します。長すぎる文は分割します。

STEP
語彙と表現の洗練

繰り返しの単語を類義語に置き換え、学術的に適切な表現を選びます。接続詞のバリエーションを増やします。

STEP
文法・スペルチェック

最後に、ツールを活用して細かな文法ミスやスペルミスを修正します。

技術解説を参照する最適なタイミング

STEP2以降で、「効果的な接続詞の使い方」や「アカデミックな動詞リスト」といった技術解説記事を参照するのが最適です。土台となる草稿がなければ、それらの技術をどこに適用すればよいかわかりません。

このプロセスを経ることで、心理的障壁を越えて生まれた「ひどい最初の草稿」こそが、技術的修正を施すための最高の土台へと変わります。執筆の主導権は、完全にあなたの手に戻っています。

著者プロフィール

大学受験・英語資格試験塾講師。大学時代にアメリカへ1年間留学。卒業後は海外書籍を取り扱う出版社で編集職に6年間従事した後、英語教育の現場へ転身。大学受験生向けや、社会人の英語資格試験対策の講義を担当し、実践的で分かりやすい解説に定評がある。出版社時代に様々なジャンルの英語書籍を担当した経験から、法律から工学まで業界特有の英語表現やビジネス英語に関する幅広い知識を持つ。また、二児の母という立場から、実体験に基づいた子どもの英語教育に関する発信も行っている。

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